わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか
著者の多田富雄氏は、本年4月21日に逝去された。享年76歳。
免疫学者であり千葉大医学部や東大医学部の教授を歴任した多田氏は、2001年に脳梗塞を発症し、右半身麻痺、嚥下障害、構音障害が残り、しゃべることも不自由となった。理学療法士と言語聴覚士によるリハビリで少しずつ機能を取り戻しかけていた多田氏を突然襲ったのは、リハビリテーションについて、その原因となった病気毎に一定期間(最大180日)でリハビリを打ち切るべしという厚生労働省の通知であった。これは多田氏だけでなく多くの患者がリハビリを受けるすべを無くし、また実施一週間前に通知を受けた医療機関も大混乱に陥った。免疫学に関する一般向けの著書だけでなく能にも造詣が深く盛んな執筆活動を行ってきた多田氏は、患者として、そして、医師・医学者として、キーボードを武器に立ち上がる、この本はその記録である。
脳梗塞の後、目に見えて急激に改善するのは3ヶ月から半年程度であるが、その後も神経系の働きをゆっくりと改善させることが可能である。脳梗塞/脳出血後半年以上経っても、聞き取るのにかなり苦労を要する程度にしか話せなかった方が、数年後にはこちらがすぐに理解できるようにに回復していて会話も楽にできる、といったことは割と良くある。それを一律的に切ってしまうことは大問題であった。なお、この問題には学会や一部の医師や病院などにも、打ち切りに積極的に反対しなかったり、逆に積極的に賛成する者が居ることも、多田氏は指摘している。
現状は、打ち切るタイミングを如何に決めるかということで、成果主義リハビリの方向に政府は誘導しつつある。動かざること山の如し、である。そして自分が患者として、患者家族として、問題に直面してから初めて気づくのでは遅いのである。
多田先生のご冥福をお祈りします。
免疫学者であり千葉大医学部や東大医学部の教授を歴任した多田氏は、2001年に脳梗塞を発症し、右半身麻痺、嚥下障害、構音障害が残り、しゃべることも不自由となった。理学療法士と言語聴覚士によるリハビリで少しずつ機能を取り戻しかけていた多田氏を突然襲ったのは、リハビリテーションについて、その原因となった病気毎に一定期間(最大180日)でリハビリを打ち切るべしという厚生労働省の通知であった。これは多田氏だけでなく多くの患者がリハビリを受けるすべを無くし、また実施一週間前に通知を受けた医療機関も大混乱に陥った。免疫学に関する一般向けの著書だけでなく能にも造詣が深く盛んな執筆活動を行ってきた多田氏は、患者として、そして、医師・医学者として、キーボードを武器に立ち上がる、この本はその記録である。
脳梗塞の後、目に見えて急激に改善するのは3ヶ月から半年程度であるが、その後も神経系の働きをゆっくりと改善させることが可能である。脳梗塞/脳出血後半年以上経っても、聞き取るのにかなり苦労を要する程度にしか話せなかった方が、数年後にはこちらがすぐに理解できるようにに回復していて会話も楽にできる、といったことは割と良くある。それを一律的に切ってしまうことは大問題であった。なお、この問題には学会や一部の医師や病院などにも、打ち切りに積極的に反対しなかったり、逆に積極的に賛成する者が居ることも、多田氏は指摘している。
現状は、打ち切るタイミングを如何に決めるかということで、成果主義リハビリの方向に政府は誘導しつつある。動かざること山の如し、である。そして自分が患者として、患者家族として、問題に直面してから初めて気づくのでは遅いのである。
多田先生のご冥福をお祈りします。
- 商品名
- わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか
- 価格
- ¥1,260
- 著者
- 多田 富雄
- 出版社
- 青土社
- 発売日
- 2007-11-19
- URL
- http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791763629/kanshin-1-22/ref=nosim