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ノーフォールト (ハヤカワ文庫JA)

日本テレビで現在放映中のドラマ「ギネ」の原作だそうで、平台に大量に積んであるものを購入。

ノーフォールトとは、no fault、すなわち、過失なし、という意味です。
産婦人科医になって5年目の柊奈智が、ある患者の死をきっかけに裁判の被告として精神的にも追い詰められていく、という物語です。

全編を通して、ストーリーの骨格から、細部の情景描写や登場人物の心の動きに至るまで、非常にリアルな文章です。専門用語が大量に出てくるのと、医学的な話の展開について行くのが難しい部分があるのは仕方ありませんが、それも含めて、現場の状況が文章上で目の前で起こっているかのように展開していきます。それもその筈、作者の岡井崇氏は大学病院産婦人科の現役の教授です。あとがきで、臨床経過や裁判のスピードは実際のものよりも速く推移させるように脚色しているとありますが、それは恐らく専門家にしかわからないことで、リアルな著述に、これらのことが、いつどこで起こっていてもおかしくないという気にさせられます。

ただ、著者の立場がそのような発想をもたらすのか、悪人的に描いているのはただ一人だけであって、原則的にはストーリー中には悪人は存在せず、また、物語の結末も予定調和であること、そして最後の作者の介入、これらについて「作品としては」多少不満に思うところです。しかし、そもそも著者がこの小説を書くに至った動機は、産科医療をめぐる現状と問題点が、学会や研究会で如何に関係者の理解が得られようと、一般社会の方々にその声を届け、社会の理解が得られなければ厚生労働省も動けないのではないか、ということであり、その目的のためには順当な結末であったと言えます。そのような(私が感じる)多少のマイナス面を、リアリティが上回っていると思います。

ドラマ「ギネ」については、先ほど録画してあった第1回の放送を見ただけですが、主人公の柊奈智は、原作とは正反対の暴走KY・コミュニケーション欠如人格であり、原作者が文章で表現したかった意図と全く違うことがこれから繰り広げられるのではないかという危惧を覚えます。特に主人公の性格が原作とは正反対。あとがきでは、そもそもギネは婦人科の略であって産科を示す言葉ではない、と違和感を覚えることもあったが、広く一般の方に読んでもらうという当初の目的を果たすには至っていないし、プロデューサーも脚本の大石静先生も、「医師と患者の信頼関係を取り戻す作品にしたい」ということなので、「全てお任せしますので、良いドラマを作って下さい。」と返事した、とあります。これから原作者の真意が表現されたドラマになるのかどうか、興味深く見ていきたいと思います。ドラマを見て、ちょっと変なの〜と思った方も、この原作をぜひ。

no faultは、no fault compensation(無過失補償)からとったものであり、作者が着想を得てから今に至る間に、この名前の元となった産科無過失補償制度はすでに実現しました。少しずつ社会に変化はおきつつありますが、この本に描かれた根源的な問題は未解決のままです。


岡井崇インタビュー, 2007年12月

(このkwは、「本部」コミュニティの「本部当直」で書いた文章を元にしたものです。)
商品名
ノーフォールト(上)(ハヤカワ文庫JA)
価格
¥630
著者
岡井 崇
出版社
早川書房
発売日
2009-09-05
URL
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150309655/kanshin-1-22/ref=nosim